ユートピアとパイロドス

モア
トマス・モアの『ユートピア』を読んでいる。
ユートピアは、モアの造語で、「どこにもない」を意味するらしい。
非常に象徴的。
まだ、初めの方しか読めていないけれど、
法律と罪、つまり、人が人をどう裁くかや、その裁量などが話題になっている。
また、貧困の格差についても、述べられている。
一部の貴族階級だけが、自分の立場や法律を巧みに使い享楽的な生活を行い、貧困者だけが、貧困であるが故に罪となる行為を行ってしまうような社会的構造を抱えているという問題に目を向けている。
これは、なかなか素晴らしいことだ。
モアが生きていたのは15世紀で、現在も社会が抱える根本的な課題を題材にして、小説が書かれていると言うことに驚いた。

いや、なんとなくこの時代の小説を書くような上流階級の人達に多少偏見があったので…。
まぁ、今も昔も人が生きている以上、あんま変わらないのかなぁと何となく思いますね。
時代が進化していると思いたいだけなのかも。
関係無いですが、「進化」、「最新版」、「バージョンアップ」この辺の言葉に人間って弱いですよね。
大して変わってないのに、煽られるとホント弱い ^^;;

さて、その前はプラトンの『パイドロス』を読んでいた。
『パイドロス』は、なかなか勉強になったけど、少し冗長な部分もあり、
言い回しが婉曲的で、読みづらい部分も多かった。
パイドロスの主題は、物事を語るには、
物事の真理を悟らないと行けない
ということ。
しかし、物事は、真理と夢、つまり、裏と表があるので、
真理だけを褒め称えても、真理の名の下に非難されることもある。
この辺りは、
真理なんて無いのだ。
と語った近代・現代の哲学者と比べると結構対照的かも。
それでも、単純に真理だから良い と結論づけを行わず、
逆に過信しすぎると、真理に非難されると持っていく辺りは、さすがギリシャ哲学

また、良い言葉があったので、メモしておこう。

ひとがりっぱな事柄をやってみようと試みるならば、結果としてどのようなことを経験することになろうとも、その経験を身に付けることもまた、その人にとってりっぱなことなのだ。


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