日常と非日常

世の中から入ってくる情報(TVやNEWSや噂)ってのは、ほとんどどうでも良い情報だったりする。
それなりに面白くて、それなりにどうでも良い。
そんな話題がほとんどだ。
なぜなら、他人事だから。
まぁ、時として、切実な問題もあるけどね。

哲学や宗教や神話の話題は、なぜか僕にとってはとても重要な話題らしい。
先週、デリダが癌でなくなったけど、本当に悲しい事だと思うし、まぁ、哲学者も人間なんだな と当たり前の事をふと思ったり。

自分から望まなければ得られない情報ってのは、なにか宝探しをしている様で、不思議な魅力がある。

本当は重要かも知れないけど、そのこと(生きるとはどういう事か?思考はどこから来るのだろう?)を考える事が、日常の平穏な生活を脅かしてしまうかも知れない「危険をはらんでいる」からだ。

少し違った切り口で見ると、情報化社会だから、今は違うだとか、グローバルスタンダードを目指さなければならないとか、そういう発想もなんだか奇妙に感じる。

それは暗黙裏に、昔の時代は愚かで、今の時代は優れていると言う思考が内在しているからだ。

未文字社会の思考(野生の思考)が、どういうものかも知らずに、そういうレッテル(ラベル化・記号化)を貼り付けているだけの様な、そんな気がしてならない。